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講演会でビデオ撮りました
さいきん2つの講演会に行き、ビデオをとり、youtube等にアップしました。
(その前に山水人でも撮りましたが、それはまた別に)

まず10月4日(火)に京都の綾部というところで行われた菊地洋一さんの講演会です。
菊地さんは元原発技術者ということで、2002年の浜岡・平和の集いという祭りで知り合いました。
浜岡原発(の展示館)を案内してもらったりしました。
また翌年の2003年には富士山麓で笑う富士山フェスティバルという祭りの主催者でもありました。
そのころ菊地さんは何とか浜岡原発を止めようとして、静岡県に1年間ほど住んでられました。
現在は宮崎県串間市に住んでられますが、それも串間原発を止めたいという思いからだそうです。

菊地さんは昔から綾部とは縁があったみたいで、特に出口三平さんという人(彼は大本教を継ぐはずの人だったそうですが、ドロップアウトしたそうです)と友達で、彼が中心となって今回の講演会を主催したようで、菊地さんのお話の前後に挨拶されています。

会場は里山交流研修センターというところで、横に元学校の校舎があるような広い敷地の中に建っているモダンな建物です。2階では菊地さんの写真の展覧会が開かれていました。

その1階の会場が満杯になるほどの盛況で、ビデオも僕以外に2人の方が撮っていて、ustreamでも中継したようですが、残念ながら照明がちょっと暗めで、今いちきれいには撮れませんでしたが、dailymotionにアップしました。(dailymotionにしたのは、講演が1時間以上と長かったので。youtubeだと1本が15分以内という制限がありますが、dailymotionだと1時間までアップできます)

講演会のタイトルは「福島原発をつくった私が、原発に反対する理由」でした。


2011.10.4 菊地洋一さん講演会 in 綾部(1) 投稿者 amanakuni

2011.10.4 菊地洋一さん講演会 in 綾部(2)
http://www.dailymotion.com/video/xliy2n_2011-10-4-yyyyyyyyy-in-yy-y_tech

この菊地さんの講演会内容は名前のない新聞の次号に載せる予定です。



さて10月10日にはもうひとつ、神戸のサラ・シャンティで橋本宙八さんの講演会がありました。
彼には名前のない新聞の最新号(2011.9月号)に原稿を書いていただきました。
(PDFファイルで読めます)
http://amanakuni.net/GraphicData/168chuya.pdf

原発から24kmという距離にある福島県いわき市の山中にマクロビアンというスペースを開き、断食や食事などの指導を行ってきた橋本宙八さんは福島第一原発事故が起きて3時間後には避難を決意、その後約1000キロにわたって避難の旅をしてきた。この講演ではそういった経験をふまえた上で、この原発事故は私たちに何を問いかけているのかをお話されています。

この講演は菊地さんのものより長かったのですが、気がかわってyoutubeの方にアップしました。そのため10ヶに分割してアップすることになりました。

2011.10.10 橋本宙八さん講演 at サラ・シャンティ(1)



(2)以降のアドレスは次のページからリンクを追ってください。
http://www.youtube.com/user/amanakuni#g/u


ビデオ映像 | 00:06:58 | Trackback(0) | Comments(0)
淡河吟行
「淡河吟行」って読めるでしょうか?
「淡河」は地名で「おうご」と読みます。「吟行」は「ぎんこう」、つまり俳句をつくる旅のことですね。
実はそんな大げさなものではないんですが、母が去年から地元の(老人会の?)俳句の集まりに参加するようになり、ときどきその人達(といっても母を含めて3人しかいません)を連れて六甲山中とかハイキングしてます。
これまで行ったのはこのブログでも紹介したところばかりで、さいしょに行ったのは去年の秋に、紅葉のきれいな灯籠茶屋の谷を歩きました。また今年の3月には洞川(ほらがわ)梅林に行きました。どちらも母以外の2人は知らない神戸のディープな穴場です。(下の地図は淡河の探索マップ)

map.jpg

そして今回が3回目ですが、6月4日(土)に、うちから北に車で20〜30分行った「淡河」に行ってきました。
ここもお2人は知らなかったそうで、神戸市内とは思えないようなのどかな田舎の景色が広がっています。
田植えをしたばかりの田んぼが広がり、茅葺き屋根の家があちらにもこちらにも見られます。

P1190165.jpg

淡河の中心部?と思われる「淡河本町」という交差点のそばに道の駅・淡河があります。政令指定都市でははじめてできた道の駅だそうです。ふつう道の駅があるのはかなり田舎ですが、ここはやっぱりかなり田舎なのです。
その道の駅では地元の農産物や加工食品、野菜の苗、竹炭など、いろんなものが買えるほか、地元産の十割蕎麦が食べられます。学生食堂みたいな場所ですが、けっこう人気があるようで、11時半ころに行ったのに、4人でいっしょに座れる場所を確保するのが手間取るほどでした。
関西はやっぱりうどん文化圏なので蕎麦はめったに食べませんが、ここの蕎麦はけっこうおいしかったので、もし淡河に行く方は寄ってみたらいいと思います。(下の写真は道の駅にある案内図)

P1190151.jpg

道の駅をあとにして、そこからまた15〜20分ほど走ったところにある石峯寺(しゃくぶじと言います)が今日のメインの目的地でした。ここは創建が650年くらいというので、日本に仏教が入ってすぐの時期です。それもインドからの僧が来て開いたと確か書いてあり、一時は3000人ほどの僧たちが集まって修行にはげんでいたそうです。今よりもずっとにぎやかだったわけです。(下の写真は仁王門です。迫力ある仁王様がいらっしゃいます)

P1190155.jpg

いつ来てもこのお寺ではほとんどほかの人に会いませんが、さびれているかんじでもありません。
三重の塔や薬師堂は重要文化財に指定されており、寺の裏には88カ所、お地蔵さんが点々と置かれていて、そこを巡れるようになっています。三重の塔は赤く塗られていて青空に映えていました。
また三重の塔の裏にある小さな池では蓮の花がいっぱい咲いていて、うれしいびっくりでした。

P1190194.jpg

P1190202.jpg

石峯寺でゆっくりしたあと、そのすぐそばにある「つくも窯」という知り合いがやっている陶芸アトリエに寄りました。
茅葺きの家を改造してあるところで、2階でヨガ教室もやっているそうです。

P1190217.jpg

また1階のかなり広いスペースでカフェをやっていたのでゆず酵素ジュースをいただきました。
このカフェは月に一度、2日づつしかやってないそうですが、たまたまその日に当たったので、みなさんもりあがりました。ここもお勧めスポットです。(下の写真は2階のスペース)

P1190223.jpg

帰りには、さいしょに行った道の駅のすぐ近くにある豊助饅頭の満月堂に寄り、お饅頭とお茶で一服しました。
お饅頭の売り場の奥には椅子や立派なテーブルが置いてあり、お茶も自由に飲めるようになっていて、そこで熱々のお饅頭をすぐ食べられるようになってるスペースがあります。
ここの饅頭は神戸の北区の人たちにとっては昔から行事などの際におなじみのお菓子のようで、なつかしがっていました。僕もふだんはあんこの入った和菓子系は苦手ですが、できたてのお饅頭はおいしかったです。

P1190245.jpg

前回の梅林行きは肝心の梅の花がちょぼちょぼとしか咲いてなくて、僕としてはがっかりしたのですが、今回はお天気も上々で、のんびり歴史を感じ、思いがけず月一度のカフェに当たったりして、みなさん大満足でした。

*なお「吟行」といっても、たとえばお寺で一句、蓮の花を見て一句,蕎麦を食べて一句‥‥というわけではなく、あとで帰ってからじっくりひねるそうです。さいしょは行った先で句をつくるのかと思って期待して見てたんですが‥。
なお僕はアッシーくん兼記録係に徹しています。









日記 | 00:32:42 | Trackback(0) | Comments(0)
ポン祭りで撮った動画
2日間のあいだにビデオをたくさん撮りました。

ミュージシャンや、詩の朗読など、いくつかYOUTUBEにアップしましたので、リンクして見れるようにします。











あと2つ、3つ,追加する予定です。







これで打ち止めです。

なおおまけとして、DAILYMOTIONに、昔(1990年)ころにポンがTVのドキュメンタリー番組に出た映像をアップしました。


アイアムヒッピー ポン(山田塊也さん)出演 投稿者 PMG5


wowow ポンがゲストの番組 投稿者 PMG5

ビデオ映像 | 18:54:08 | Trackback(0) | Comments(0)
高山のポン祭り(ポンの一周忌)に行ってきました
ポンが亡くなって早や一年が過ぎました。
去年、亡くなった時にはあわてて埼玉の家までかけつけましたが、今回の祭りは前から予定していたので、入念に準備をし、原発事故もなんのそので初めて高山まで行ってきました。
しかし遠い! 車で高速を走っていっても,渋滞も無いのに5時間以上はかかりました。東京まで新幹線なら3時間ほどなので、それよりもだいぶかかり,遠く感じました。

さて会場の舟山高原アルコピアというスキー場は標高800mということで、防寒具必携ということでしたが、思っていたよりは寒くありませんでした。でもステージのうしろには雪をかぶった山々が見えていました。
(会場ほぼ全景。ほんとは背景の山並みのさらに奥に雪山が見えてるはずですが‥)

P1170725.jpg

今回の祭りは原発事故があったため、埼玉の祭りの方が中止となり、高山でのこの祭りも当初予定していたより縮小して、入場無料・カンパのみで開かれました。でも出演者、お店などもけっこうたくさんあって充実していたし、参加者数はおよそ100〜200人とかそれくらいだったと思いますが、みんなポンと縁があった人たちなわけで、少人数でも濃密なお祭りでした。(下の写真はポンの絵や写真、文章などの資料を飾っていたティピの中)

P1170712.jpg

中には諏訪之瀬島から何十年ぶりに出てきたというゲタオさんや、ポンを5才の頃から知っていたという地元の絵描き仲間のおじいちゃん、福島原発から15kmの南相馬市のお寺に住んでいたお坊さんで、冷却水が循環しなくなったというニュースを聞いてすぐ3時間後には避難したという徳雲さんにも会いました。彼は名前のない新聞の読者で、5月号を送ったけれど戻ってきたので、どうしたものかと思っていたところで、ばったり会ったわけです。現在は子どもと奥さんを避難先の福井県に置いて、自分は檀家さんのケアをしに福島の避難所を行ったり来たりしているそうです。
(下の写真は、ポンに捧げるくさもちのおもちつき)

P1170733.jpg

また新聞連載中のさやこと九州の虹の祭りに行き、そのまま一緒に九州を旅してると思っていたサワが現れて詩の朗読をしていました(動画あり)。さやことは九州で別れ、その後、青森の大間原発で開かれるマグロックフェスに行くつもりでフェリー乗り場に行ったら、震災の影響で週3便のはずが1便になっていて乗れず、あきらめてポン祭りに来たとのことでした。
(下の写真はピースランドの本屋さんの前でカンパ箱を持ってる子ども達)

P1170841.jpg

それにカフェマヤのアキ、金沢のローラ、大原加代子さん、中野のおっちゃん、シバハリケーンのひかるさん、陶芸家で長年高レベル廃棄物処理場反対の運動をしている大泉賛さん、宇摩ちゃんの三味線とセッションして尺八をきかせてくれたモリサチコさん、アナナイ通信の桂川さん、褌学会のもくさん、祭りビデオを撮り続け、そのDVDのお店を出していた上野賢太郎さん、岩手の吟遊詩人と言われる梶田イフ、そしてもちろん主催者で高山で子どもの本屋さんのピースランドをやってる中神さんに、ポンの娘の宇摩ちゃん、維摩ちゃんなどなど、たくさんの人とお話できました。
(下の写真は生活サーカスの清水さんによる綱渡りパフォーマンス)

P1170965.jpg

またポンに捧げるくさもちのもちつきや、生活サーカスの清水さんの綱渡りパフォーマンス、たくさんのわんこ達も楽しかったです。それにもちろん、用意していったポンの出演番組などのDVD上映もやっていました。

P1170882.jpg

天気予報のとおり,日曜日の昼ころ一時ざざーっと雨が降りましたが、しばらくすると雨はあがって日がさしてきて、空には二重の水平環(短いので水平に見える虹)がでていました。
‥なんだかこう書いてると、すっごく充実したお祭りのようですが、‥実際そうでしたよ〜!

(*長くなったので、音楽や朗読の動画は別の記事としてアップします)

日記 | 16:32:57 | Trackback(0) | Comments(0)
原発震災
3月11日の震災発生時より我を忘れてテレビやネットの情報にはまりこみ、そのうちamanakuni.netのホームページでも自分のところに入った情報を紹介するようになりました。友だちに言わせるとアマナクニ通信社だそうで、けっこう見に来てくれる人もふえてるようです。

それはともかく、名前のない新聞の次号=5月号でもとうぜん「原発震災」の特集を組むことにして、メインのインタビューは誰にしようかと考えたあげく、いま最も信頼されている専門家の小出裕章さんにインタビューを申し込みました。彼は京大原子炉実験所の助教で、88年のチェルノブイリ原発事故による脱原発運動が盛り上がった頃から、専門家として発言を続けてこられた方です。
もともとは原子力に夢をもってその道に入ったそうですが、入ってすぐに,電気を必要とし恩恵を受ける都会に原発を作らず、その危険性だけを地方の人に押しつけることに気付き、推進派から反対派に180°転換したそうです。

インタビューしたのは4月11日のことですが、5月号が出るのは5月初旬の予定なので、その間に状況がどう変わるかわからず、直近の「いま福島原発の状態はどうなってるか」ということも聞かせてもらいましたが、今後の見通しや小出さん自身が研究者としてどんなふうに過ごされてきたかというような話しも聞かせてもらいました。
そして、緊急事態が続いており、今すぐたくさんの人に知ってほしいという気持ちから、インタビューをビデオに撮って、それをすぐにyoutubeで公開しました。
すると公開後2日目で1万人以上の人から見てもらうなど反響が大きく、マスメディアが信用できないためにこういった情報を求めている人が多いんだなと実感しました。
(なおこのインタビューをさっそく文字化・要約しているサイトを2つ見つけました)

インタビューは1時間という約束でお願いしましたが、その間、何度も何度も取材申し込みの電話がかかってきて中断しました(今は忙しいのでまたにしてくださいと断っただけですが)。でもそんな電話の応対にも、もちろんインタビューにもとても丁寧に答えられているのを間近にみて、誠実な人だなあと感心しました。また小出さんの研究室に伺ったこともあるのか、名前のない新聞を88年の脱原発運動以来出していると話したせいか、とてもリラックスしたインタビューになったのがよかったです。
約46分と長いですが、こちらから見てください。



そして16日(土)には神戸の元町にある兵庫県民会館で藤田祐幸さんの講演があったので行ってきました。
藤田さんは,調べてみると名前のない新聞のNo.16でインタビューしています。慶応大学の日吉校舎にある研究室に伺ったのを思い出しました。
この日はちょっと小さめの会場(定員が50-60名)が立ち見が出るほどの超満員になりました。
主催はさよなら原発・神戸ネットワーク。昔から名前だけは聞いてましたが、主催者の方と会うのは初めてです。
藤田さんのほかに関西・六カ所メーリングリストに参加されている宮城県の武藤ホクトさん(大阪に避難されてきて、大阪でやり直したいと語っていました)が自分の経験を話されたり、阪神大震災の時にボランティア活動をされていた地元の方が何人か話されていました。

その様子もyoutubeにあっぷしたので見てください。こちらは小出さんのものより更に長くて、藤田さんのお話だけで約1時間半。その他に質疑応答部分や他の方が話している部分ものちほどあっぷする予定です。




ビデオ映像 | 22:53:38 | Trackback(0) | Comments(0)
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